(昭和30年代、40年前半の鉄道の姿)

 

 いつのまにか、古希が目の前になりましたが、学生時代、社会人として、1歩を踏み出したころの鉄道が懐かしくなりました。つい先日であったような感じですが、撮り貯めた写真を見ますと、鉄道風景も大きく変わりました。私鉄を主に、北海道を除く日本中巡りました。好みに任せ、乱雑に撮り、メモも充分とっていませんでしたので、あまり価値のあるものはないと思いますが、1957年(昭和32年)〜1970年(昭和45年)の鉄道風景をご覧頂きたいと思います。 (2004年5月記す)
 

 立ち上げてから14年の歳月が流れ、たくさんの方にアクセス頂き、有難うございます。近鉄ビスタカー、国鉄ビジネス電車特急「こだま」の登場に始まり、東海道新幹線の開業に至る昭和30年代は、まだ、地方の私鉄も活気があり、軽便鉄道でさえ、走っておりました。昭和40年代は「ヨンサントウ」と呼ばれる昭和43年10月1日の国鉄ダイア大改正により、電車、気動車による無煙化、高速化を実現し、幹線の特急が増強され、鉄道の近代化が本格的になる一方、蒸機機関車は残り少なくなり、路面電車はモータリゼーションの波で、交通の邪魔者扱いにされ、殆どが廃止に追い込まれて行きました。地方の私鉄も勢いを失い、軽便鉄道は姿を消してしまいました。
 現在、年配のファンでも、「ヨンサントウ」を起点とされる方が多いように見受けます。しかし、その前のバラェティに富んだ鉄道の姿も偲んで頂けるものと思います。是非、後世に語り継いでほしいものと思い、やや落穂ひろい気味になりますが、まだ、アップロードしていないもの、初期のページをより読みやすく、リニューアルをしたいと思っております。引き続き、ご覧頂きたく、お願い致します。(2018年10月記す。)

 

    ニューリリース
 川崎市電は関東唯一の1,435mmゲージの市電でした。終戦間近の1944年(昭和19年)10月に建設を開始しましたが、空襲が相次ぎ、川崎駅前から桜本まで開通したのは、1945年(昭和20年)12月の終戦後でした。1952年(昭和27年)1月に京浜急行から、桜本〜塩浜間を買収し、川崎駅前〜塩浜間6.7kmが完成しました。大師線全線を買収し、環状運転を行う目論見で、ゲージも1,435mmにしたようですが、実現はしませんでした。1964年(昭和39年)に国鉄塩浜操車場建設の為、塩浜〜池上新田の運転を休止し、1969年(昭和44年)4月の全線廃止になって仕舞いました。折から、都電を始め、各地の市内電車の廃止の波が押し寄せ、その応接に大わらわな鉄道ファンに注目されることもなく川崎市電は姿を消してしまいました。



 現在、ただひとつの都電、荒川線があります。かっては、都電27系統(三ノ輪橋〜荒川車庫〜王子駅前〜赤羽)、32系統(荒川車庫前〜王子駅前〜大塚駅前〜早稲田)の2系統で運行されていました。都電は1967年(昭和42年)から1972年(昭和47年)の間にほとんどの系統が廃止になりましたが、この2系統は大部分が王子電気軌道(王子電車)が敷設した専用軌道であったため、1972年(昭和47年)に王子駅前〜赤羽間が廃止され、1974年(昭和49年)に三ノ輪橋〜王子駅前〜早稲田の荒川線として残存することになりました。27系統、32系統として運転されている頃の姿をちょっと、ご覧頂ければ!と思います。



 1963年(昭和38年)3月に京王線芦花公園駅に隣接している都営アパートに鉄道ファンの友人を訪れ、眼下を行く京王線の電車をすこし撮りました。この年の8月に架線電圧をDC600VからDC1500Vに昇圧。DC600V車の2150形、2400形は廃車になりました。同時に5000形(初代)が登場し、京王線の景色は大きく変わりました。戦前、戦後の電車の活躍が見られる最後の機会であったようです。


山陽電氣軌道(山陽電軌)をアップロードした時、山陽電気鉄道(山陽電鉄)と混同された方もおられました。そういわれてみて、山陽電鉄のページを出していなかったに気が付きました。今からほぼ60年前の1958年(昭和33年)に訪れた時の写真が少しありましたので、載せました。

下関の山陽電氣軌道(山陽電軌)は源平の古戦場の壇之浦を走る路面電車でしたが、その区間が廃止になると聞いて、出張の機会に2回訪れました。そのときの写真を2つのページに分けて載せておりましたが、画像も小さく、ご覧になりにくいようですので、(リニューアル版)を作りました。 風光明媚な関門海峡に沿って走るスタイリッシュな路面電車をご覧頂きたいと思います。
(リニューアル版)
 昭和30年代後半には、まだ、地方ではユニークな鉄道がありました。小さなポール集電の電車が明治のマッチ箱と言われた4輪客車や大きな木造ボギー車を牽き、多くの乗客を乗せて活躍をしておりました。秋田県南端の奥羽本線湯沢駅から出ていた羽後交通雄勝線です。 画像を大きくし、当時の乗客の様子なども、ご覧頂けるようにした(リニューアル版)を作りました。
(リニューアル版)


はーさんは長い間、モータ(電動機)の適用技術に携わってきました。電車を始め、いろいろなものをモータは廻してきました。しかし、それにエネルギーを与える電気とともに、技術的には分かりにくく、近づきにくいものと、遠ざけられている感じがあります。そこで、セールス・エンジニアでもあったはーさんが、

(新館)

をしたいと思い立ちました。

    ・電気は馴染めなく、良く分からない!しかし、簡単にあらましを知りたい!

     という方々

    ・電気を知りたい中学生、高校生!

    ・少し技術的にも知りたいと思う鉄道ファン

にご覧頂きたいと思います。

 

        

アイコンをクリック頂くことにより、その鉄道のページをご覧頂けます。

 表が長くなりましたので、下記をクリックすることにより、ご希望の地区の表のトップにスキップ致します。

   私鉄 東北地区 上信越地区 北陸地区 関東地区 中部地区 関西地区 中国地区 四国地区 九州地区

   国鉄  国鉄                           

私鉄

 基本的には私鉄ファンですので、主に撮ったのは各地の私鉄が多く、友人と北海道を除く、各地の私鉄を訪れました。しかし、1、2度の訪問では、その全てを残すことは出来ませんが、その片鱗でもご覧いただければと思います。

アイコンのあるものは既にローデイングしていますので、そのアイコンをクリックしていただければ、そのページをご覧いただけます。

それ以外は順次、気まぐれにページを作成してゆくつもりですので、少々お待ち願います。

 

地方

鉄道名

東北地区

1959年(昭和34年)東北の鉄道

    

        

       

1963年(昭和38年)東北の鉄道

    

    

    

    

    

    
    (リニューアル版)

    

    

    

    

    

(更新2009/02/11)画像追加

TOPに戻る

上信越地区

 

(長野駅構内の画像追加)2007/5/23 

(1977年、ツートンカラー時代)

TOPに戻る

北陸地区

(1963年)

(1972,63年)

5枚の画像の追加などの更新を行いました)2009/6/1

(金沢在住の米さん撮影画像3枚追加)2009/4/16)

              (金沢在住の米さん提供画像追加)2009/5/18)

(下記1984年画像サイトリンク追加)

     

(下記1984年画像サイトリンク追加)

  

TOPに戻る

関東地区

(1959,61年)






 






 

TOPに戻る

中部地区




名古屋市電



(1965年)

(1965年)

(1965年)

TOPに戻る

関西地区







TOPに戻る

中国地区


1号蒸気機関車が西武山口線で活躍する姿を追加しました。(2012−1−22)





(リニューアル版)

 

TOPに戻る

四国地区

TOPに戻る

九州地区

TOPに戻る

 

  

国鉄

 私鉄ファンを自認しており、積極的に撮っておりません。でも、冨山に高校まで居り、父祖の地が信州ですので信越線などの画像は少し残っております。

 

地方

線区

東北地区

仙石線

上信越地区

写真追加更新(2008-9-30)

(1961〜63年)

(クモハユニ44100の画像、説明追加(2009-6-5)

(1962年)

(1961〜67年)

北陸地区


関東地区

中部地区

 

関西地区

関西国電

中国地区

四国地区

 

九州地区

 

TOPに戻る

 

  

ご覧頂きありがとうございます。

ご意見・お気付きの点など、ご意見頂ければ有り難いのですが!

 

このホームページの記事・写真の所有権は、制作者又は資料提供者に属します。無断複写・転載をお断りします。
(2018-10 -22)更新

    

      


Keio Toden2732 Kawasaki