アブト式碓氷峠 1962年(昭和37年)

 

 信越本線の横川〜軽井沢間の急勾配にアブト式ラックレールを採用していたことは、余りにも有名でありますが、1963年(昭和38年)に粘着新線に置き換わり、それも、長野オリンピック開催の1998年(平成9年)に新幹線開通とともに廃線になりました。父祖の地が長野ですので、 物ごころのつく頃から、毎年、夏には乗っており、そのラック レールとピニオンギャの噛み合いの音も未だ耳の残っております。しかし、碓氷峠からアブト式がなくなってから、40年以上も経ってしまいました。

 1962年(昭和37年)7月15日の高崎〜横川電化開業日に横川付近で、少しアブト式の姿をキャッチしました。そして、その年の秋の日、紅葉の碓氷峠にED42に押し上げられる列車を友人とともに撮りに行きました。アブトの碓氷峠の紅葉も最後と言うことで、当時は高価であったカラーポジフィルムを奮発しました。しかし、保存状態も良くなかったのか、紅葉の色も今一つで、シミのような斑点が現われているものもあります。 お見苦しいところもありますが、40年前の画像ですので、大目にみて、ご覧頂きたいと思います。

 

横川〜丸山エントランス

 

 ED42、1両に先導され、ED42、3両に後押しされた列車は、横川駅を発車しますと、横川機関区を左に見て、複線上を行きます。

 

 

 上り、旅客列車が下って来ました。

 

 

 丸山変電所から単線になり、ラックレールのエントランスに達します。裏妙義を背にエントランスに向かいます。

 

 

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碓氷湖

 

 

 丸山エントランスから、すこし登ると、1号隧道です。26の碓氷峠の初めてのトンネルです。これを抜けると直ぐ、2号隧道です。これは2号隧道を出る上り列車です。2号隧道を抜けると、左手に碓氷湖が望めます。ここで、紅葉の盛りの名残のアブト線を行く列車を撮りました。

 

 

  碓氷湖の上を行く、下り急行「白山」号金沢行です。この当時、待望の気動車特急「白鳥」号が運転され、信越線の花形列車の座を追われましたが、特ロ、ロ、とナハ11系の軽量客車で構成された1 0両編成の急行列車でした。信越線経由 、金沢ー上野間の運転で、長い間、北陸と東京を結ぶ唯一の昼行急行列車でした。乗車率も良く、正月、旧盆の期間など、超満員になり、客の重さで、客車がたわみ、碓氷峠で、ラックレールと客車の床が接触し、運転不能になるトラブルもありました。このため、全国の急行列車に先がけて、軽量客車化されました。

 

 

同じく碓氷湖の上をED42、4連に押されて峠を登る特急「白鳥」号大阪行です。通常、横川寄りにED42、3連、軽井沢寄りにED42が1両連結されますが、気動車の場合、前方監視は気動車の運転台で行なったようです。ブレーキ系統だけは貫通していて、気動車 は碓氷峠では力行しなかったようです。

 

 

碓氷湖の上を行く、普通列車です。機関車の次位に貨車(ワフ29500+トラ?+トラ?+トラ?)を繋いでいます。碓氷峠は満杯で、ここだけ、普通旅客列車に貨車を繋いだミキストとして運転することもあったようです。

 

 

碓氷湖を左手に見て、下る上り旅客列車です。オーバークロスする国道から撮りました。

 

 

特急「白鳥」号、キハ82系、6連です。北陸最初の特急として、「白鳥」号は 大阪ー直江津ー長野ー上野、大阪ー直江津ー青森に運転されました。大阪ー直江津間は併結し、12両で運転しました。今は、分割運転される列車はそれぞれ、違う名前が付けられるようですが、これは、両方とも、白鳥を名乗りました。6両編成でも、全車の食堂車を連結していました。碓氷峠の難関のある信越線を避けて、上越線経由とする案もあったようですが、急行「白山」が多客であり、車窓も楽しめる信越線経由に決まったようです。

第3橋梁(めがね橋)

 

 

碓氷峠の名所、碓氷第3橋梁、通称「めがね橋」を渡る上り普通列車です。ED42と客車の色はレンガ作りの橋によくマッチしています。

 

 

同じく、第3橋梁を渡る下り旅客列車です。

矢ケ崎信号所

 

 

 

翌1963年の夏、軽井沢 の矢け崎信号所付近で少し撮りましたが、光線の状態が悪く、殆ど、逆光で、良い写真が撮れませんでした。下り特急「白鳥号」が碓氷峠を登って来ました。7両に増強されましたので、 連結器強化などアブト式通過対策がとられていないキハ82系のため、軽井沢側にED42が1両連結されていました。

ED42が機関車だけで、横川に下って行きました。この場合も4両、一緒でした。

 

 以上、アブト式廃止を間近に控えた碓氷峠の様子を見ていただきました。

 

 このページは友人、TMさん、MTさんのご協力を頂き、作成いたしました。

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