自走する有蓋貨車、すなわち、電動貨車が、貨物だけでなく、客車も併結した混合列車を牽いて走る鉄道がありました。秋田の奥羽本線、一日市(ひといちー現八郎潟)から五城目までの秋田中央交通軌道線です。

 1963年(昭和38年)の4月27日夜、上野駅を発った友人との東北鉄道旅行も5月1日には一日市にきました。

 

デワ3003牽引の混合列車         一日市      1963-5-1

 一日市の秋田中央交通のホームにはデワ3003が貨車2両と元ガソリンカーの客車を従え、客を待っていました。

 秋田中央交通軌道線は一日市から五城目まで、わずか3.8kmの路線で、1922年(大正11)に五城目軌道として、開通、1943年(昭和18年)、近隣のバス会社と合併、秋田中央交通となったもので、鉄道に 置いて行かれた町の中心部と本線の駅を結ぶ各地によくあるものでした。1950年(昭和25年)に架線電圧DC600Vで電化しました。

五城目到着のデワ3003牽引の混合列車    五城目           1963-5-1

電化に際し、南海に払い下げられていたアブト式機関車ED40を譲受しましたが、重く、強力すぎて、もてあまし、1952/3年(昭和27/8年)に東急より、木造単車の電動貨車、デワ3001、3002を譲り受け、機関車代わりに使い始めたようです。デワ3001は元東京横浜電鉄モワ2、デワ3002は目黒蒲田電鉄モト3とのことですが、こんな車が東急線を走ったとは信じられません。このかわいらしい車は余程、使いやすかったようで、デワ3003を1960年(昭和35年)に長岡鉄道に譲渡 されていたものを譲り受けたようです。元東京横浜電鉄モト4です。

五城目駅で入れ替え作業中のデワ3003    五城目           1963-5-1

  訪問時は15往復運転されていました。電車でなく、電動貨車による牽引であったのは、貨物がかなり、多かった為のようです。何故、このような短い鉄道を貨物輸送に使うのか?今、考えれば、疑問に思いますが、当時は道路の整備も充分でなく、なるべく、道路輸送は短くしたかったのでしょう。五城目駅構内には多くの貨車があり、その入れ替えと列車編成にデワ3003は大忙しでした。駅前には材木などの積荷がたくさん、ありました。

デワ3002         五城目    1963-5-1

 

 常時、デワ1両稼動で充分なようで、デワ3002は五城目構内で休んでいました。デワ3003は譲受されて間もないからでしょうか。濃紺の色も鮮やかでしたが、デワ3002は色もやや薄く、一寸、あせたような感じでした。

 

ナハフ10         五城目    1963-5-1

 

ナハフ20         五城目    1963-5-1

 客車は国鉄からキハ41000形、2両の払い下げを受け、客車化して使っていました。

 このユニークな鉄道も1969年(昭和44年)7月に廃止になってしまいました。これらの写真を撮ってから、わずか、6年後のことでした。

 参考文献

  鉄道ピクトリアル、通巻186号 1966年7月 臨時増刊 私鉄車両めぐり第7分冊 「秋田中央交通軌道線」

 

(2006-3-5)
(2016-9-24)更新


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