去る5月23日の日曜日、武蔵工業大学(現東京都市大学)鉄研OB会20周年記念列車で、銚子に行き、久しぶりの銚子電鉄にお目にかかりました。帰宅し、古いフィルムを見ておりましたところ、その昔の銚子電鉄が出てきました。友人のMTさんのご協力により、1960年(昭和35年)5月2 9日に鉄研の仲間と訪れた時、撮ったものと分かりました。奇しくも、50年前の銚子電鉄でした。

 

デハ201       銚子       1960-5-29

 

 国鉄ホームの端にはデハ201が客を待っていました。元京成電鉄モニ7の木造ボギー車でした。車長14.3m、3扉の比較的大型でした。ポールが良く似合っていました。

 

デキ3とデハ101       仲ノ町       1960-5-29

 

 次の仲ノ町には車庫があり、今でも人気物の小さな凸形2軸電気機関車デキ3とデハ101がおりました。デキ3はドイツAEG製ですが、製造年、経歴は良く分からないようです。

 デハ101は元は下野電気鉄道(現東武鬼怒川線)の101で、車体の新製、鋼体化を行い車長11mに満たない小型車でしたが、当時の比較的新しいスタイルの電車 になっていました。

 

デハ301       犬吠       1960-5-29

 

 デハ301は鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)のモハ115で国有化され、戦後、銚子電鉄に来たものです。車長15.5mと当時の銚子電鉄としては最も大型の3扉半鋼製ボギー車でした。昭和初期のごつい感じの半鋼製電車でした。

 

デハ301       君ヶ浜〜犬吠       1960-5-29

 

デハ201       犬吠〜君ヶ浜       1960-5-29

 

 銚子〜外川間6.4km、1067mmゲージ、架線電圧DC600V,単線架空式で、ポール集電でした。全線単線で、途中の笠上黒生で交換の30分ヘッドの運転は現在も変わっていません。

 

ハフ1+ハフ2、デハ301       外川       1960-5-29

 

 終点の外川には1923年(大正12年)の開業時からの4輪木造客車、ハフ1、2が留置されており、ラッシュ時に1両 もしくは、2両、電車に牽かれて走っていたようです。

 

 訪れた1960年(昭和35年)は武蔵工大鉄道研究部の創部から3年目の年でした。それから、50年目のOB会記念列車で銚子に行ったのも何かの縁のような感じを持ち、見つかったその昔の銚子電鉄の面影を 急遽載せました。

 

この時の総武本線の様子もちょっとご覧頂きたいと思います。

  


 1963年(昭和38年)春に再度、銚子電鉄を訪れました。この時のフィルムは何故か?犬吠から始まっております。

 

犬吠駅       犬吠       1963-3

 

デハ301       犬吠       1963-3

 

 外川行デハ301が来ました。外川寄りには行き先表示板を付けていませんでした。

 

デハ101       犬吠       1963-3

 

無蓋貨車を牽くデハ101       犬吠       1963-3

 

 銚子行デハ101は無蓋貨車を牽いてきました。

 

       仲ノ町駅と車庫の全景       1963-3

 

 このときの仲ノ町の風景です。ホームには銚子行デハ101が到着しています。

木造のデハ201は車庫でお休みでした。

 

仲ノ町駅で貨車切り離し作業をするデハ101       1963-3

 

 デハ101は牽いてきた無蓋貨車を切り離しました。この貨車は業務用のようです。

 

デキ3+ハフ2+ハフ1       1963-3

 

デキ3は創業以来の客車ハフ2とハフ1を従えていました。

 

 

ハフ1クローズアップ       1963-3

 

 1963年再訪のときの銚子電鉄もちょっとご覧頂きました。

 

(謝辞)

このページ作成にあたり、友人のMTさん、TNさんの多大なるご協力を頂きました。謝意を表したいと思います。

 

参考文献

  鉄道ピクトリアル1958年9月号 通巻86号、<知られざる私鉄>[7] 銚子電気鉄道

(2010-6-5)

(2010-8-20)1963年画像追加
(2016-9-27)更新


(2012-10-13)追加


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