北陸鉄道5ー小松線,能登線

   小松線(1963年)

 北陸鉄道小松線は国鉄小松駅の裏、小松製作所の工場の横のひっそりとした駅から鵜川遊泉寺まで、ほぼ直線的に延びている全長6kmの北鉄でももっとも短い路線でした。

 1963年(昭和38)9月に訪れた時のヒトコマです。

モハ1002、鵜川遊泉寺行き 加賀八幡 昭38/9

 

モハ1001、小松行き 鵜川遊泉寺 昭38/9

 

モハ1001、鵜川遊泉寺行き  小松  昭38/9

 モハ1000形は石川総線のモハ3000形と良く似た 顔つきをしていますが、車長11.8mのかわいらしい電車です。昭和30年に廃止になった松金線(野々市ー松任間)用として昭和24年に日本鉄道自動車で製造されたもので、松金線廃止とともに小松線にやってきました。訪れた時はモハ1001とモハ1002で運転されており、当時は小松線の主力であったようです。

モハ502   小松  昭38/9

 モハ500形、小松線の前身、白山電気鉄道創業時の電車で、車長8.1mの木造単車です。(昭和3年、新潟鉄工製)、訪れた昭和38年当時は未だ、営業運転をしていたようでサボもつけておりますが 、昭和40年に廃車になりました。モハ503は鋼体化改造、ボギー車かされ、モヤ503となり、加南線にいましたが、ED221と電気機関車の形式をもらい、浅野川線で働きました。

  サハ301   小松  昭38/9                        サハ571   小松  昭38/9

 

サハ300形、サハ301は片側に荷物台がついた気動車タイプの単車です。元は余市臨港軌道キハ101のようです。 余市臨港軌道は北海道の国鉄余市駅と市街地を結ぶ僅か2.75km、1933年(昭和8年)から1940年(昭和15年)の7年間営業した薄命の軌道でした。(HT氏より湯口徹著『内燃動車発達史 上巻』の記述のご紹介がありました。又、 鉄道ピクトリアル Vol.138 失われた鉄道・軌道を訪れて[3]  余市臨港軌道も参照致しました。(2006-9-1)) サハ570形は加南線の前身温泉電軌の車で、モハであったが、電装解除され、小松線にきたものです。(大正11年、枝光鉄工所製)。 これらはラッシュ時にはモハ1000形に引かれて走ったのでしょうか?

その後の小松線

 

 それから10年以上経ち、小松に出張しました。北陸に出張するのは初めてでした。仕事を終えて、早速、小松線の電車の顔を見に行きましたが、顔ぶれが全く変わっていました。金石線の廃止により、小松線に移ってきた モハ3000形で占められておりました。

 モハ3002 小松  

 

モハ3003 小松 

 

モハ3005 小松 

 

 モハ3000形は石川総線に昭和24年に就役した戦後の私鉄標準型の電車で、昭和39年に金石線に移動しました。モハ3002は石 川総線、新西金沢で昭和34年に見た時に比べ、前面窓のHゴム化などで顔つきは大きく変わっていましたが、車体自体はそのままのようでした。モハ3005は車体を更新したようでした。

 

 小松線は短距離の盲腸線であったのも拘わらず、沿線の通勤人口の増加等で、頑張っていましたが、昭和61年5月31日に遂に廃止されました。現存の石川線、浅野川線を除いて、最も遅くまで走っていた路線でした。

 



 能登線(1963年)

 

 能登線は国鉄七尾線の羽咋から能登半島の外浦に沿って三明(さんみょう)迄走る25.5kmの北鉄唯一の非電化路線です。社内券に富来とあるのは能登金剛の景勝地までのバス路線も入れてあ ったようです。あるいは、富来まで延長計画があったのかもしれません。

 

キハ5301 羽咋        昭38/10

 

 羽咋には、意外にスマートな気動車キハ5301が待っていました。昭和32年に日本車両で付随車として製作され

丁度この昭和38年にエンジンを搭載し、キハとなったものでした。 ノーシルノーヘッダで張り上げのスマートな車体の前後に私鉄の気動車らしく、荷物台が付いていました。私鉄の気動車には何故この荷物台が付いていたのでしょうか??

 

キハ5162 羽咋        昭38/10

 

 羽咋の車庫には年季の入った車両がおりました。キハ5160形、キハ5162は三岐鉄道から昭和36年に購入した半鋼ボギー車で、昭和26年製作とのことであるが、同年代の電車から見るとなんとなく古臭く、軽便の車を大きくした感じであ りました。昭和43年に廃車になり、日本海に沈められ、魚のアパートになったとのことです。

 

キハ5151           羽咋     昭38/10

 

 キハ5150形、キハ5151は元国鉄のキハ40014で、昭和28年に購入したもので、荷台は購入後設けたようです。

 

ハフ1501         羽咋     昭38/10

 

 ハフ1500形、ハフ1501は昭和5年に前身の能登鉄道が購入したキハ1で、半鋼製4輪ガソリンカーでした。戦時中にエンジンを外され、付随車になりました。この後、昭和40年に廃車になりました。

 

ハフ3001         三明     昭38/10

 

 ハフ3000形、ハフ3001は日本車両で昭和7年に製造された元芸備鉄道の小型の半鋼製ボギー、ガソリンカーで、国鉄を経て、石川鉄道が購入、付随車として使用されていましたが、後に、能登線に移りました。昭和43年に廃車になり、日本海に沈められ、魚のアパートになったとのことです。

 

キハ5201         羽咋     昭38/10

 

 三明から列車が到着しました。キハ5200形、キハ5201です。国鉄キハ41043を昭和25年に購入したものです。これも、後から、荷台をつけました。

 

キハ5301   三明        昭38/10

 

 キハ5301に乗車。終点の三明に着きました。構内は広いのですが寂しい駅でした。能登鉄道は本来、輪島まで延長する予定で、少なくとも、観光地の富来まで延長するつもりであったようで、ここは何もなくて当然なのかもしれません。富来行きのバスが接続していました。

 

途中駅に賑わい 気動車はキハ5102   昭和38/10

 

 ここは何処の駅でしょう?キハ5301三明行が上り羽咋行列車と交換した駅です。 多くの乗客がホームに溢れております。北陸鉄道、いや、全てのローカル私鉄にとって、よき時代だったのですね。

 羽咋行はキハニ5100形、キハニ5102ではないかと思います。昭和6年に能登鉄道が購入したキホハニ1で荷物室を持ちながら、荷台のあります。何故か、右側に運転台があります。(昭和6年、雨宮工場製)

 

 能登線は昭和47年6月24日に廃止され、バス化されました。目的の輪島、富来に到達できず、三明で終わっていた、中途半端な路線でしたので、やむをえなかったのでしょう。しかし、国鉄、輪島線も廃止され、最近、のと鉄道、能登線も廃止になりました。全線開通していても同じ運命を辿ったのでしょう。

 

参考文献

 鉄道ピクトリアル Vol.218 私鉄車両めぐり[77] 北陸鉄道(3)

 

(2005-5-10)



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