茨城交通にはかって、鉄道線とも言われた茨城線と水浜線がありました。茨城線は常磐線赤塚駅から上水戸、大学前を経て御前山に至る25.2kmのゲージ1、067mmの鉄道線でした。赤塚〜大学前間は架線電圧DC600Vで電化されていました。
水浜線は上水戸〜水戸駅前〜大洗間17.8km、架線電圧DC600Vの軌道線で、上水戸〜水戸駅前は水戸市内線としての役割もありました。
1959年(昭和34年)10月に鉄道研究部のメンバーの東北旅行の途次、訪れました。さらに、1961年(昭和36年)のゴールデン・ウィークにも水浜線を少し、撮りました。
水浜線は1966年(昭和41年)6月に、茨城線は1971年(昭和46年)2月に、全線廃止になり、その姿は思い出のかなたになってしまいました。
赤塚〜上水戸〜大学前、大学前〜上水戸〜水戸駅前と訪れた範囲はごく一部であり、画像数も多くはありませんがその姿を偲んで頂きましょう。
茨城線
上野を朝早く6時半ごろ出発したC62が牽く普通列車は水戸の一つ手前の赤塚駅2番線に9時過ぎに到着しました。
常磐線下り列車が着いている2番線の向いの1番線より発車を待つ茨城線電車 赤塚 1959−10−16
向いの1番線にはポールを上げた2両編成の電車が客を待っておりました。
モハ2+モハ1 赤塚 1959−10−16
茨城交通茨城線のモハ2とモハ1でした。元鶴見臨港鉄道軌道線の長さ12mの半鋼製ボギー電車です。1931年(昭和6年)汽車会社製です。赤塚〜大学前の電車運転はもっぱらこの2両で運行されていました。
モハ2に乗車し、上水戸でおりました。
ケハ502 上水戸 1959−10−16
御前山発上水戸止まりの気動車ケハ502が入って来ました。国鉄キハ42000形、キハ07形に似た前面が丸い半流線形5枚窓ですが、旧五日市鉄道(現JR五日市線)が1937年(昭和12年)に汽車会社で製作したガソリンカーです。
次の電車で大学前に移動しました。
No.12蒸気機関車 大学前車庫 1959−10−16
蒸気機関車が居りました。No.12は1925年(大正15年)日本車両製のC形タンク機関車です。貨物輸送をディーゼル機関車に役を譲り休んでおりました。
ケハ2 上水戸 1959−10−16
直ぐ、上水戸に戻りました。 上水戸駅構内には多くの車が留置されていました。ケハ2は戦前良く見られたスタイルのガソリンカーで中型半鋼製ボギー車です。
ハフ11 上水戸 1959−10−16
ハフ11も元ガソリンカー改造の客車で、半鋼製片ボギー車です。
モハ3 上水戸 1959−10−16
モハ3は元大沼電鉄(北海道)の木造2軸電車です。
ケキ102 上水戸 1959−10−16
ケキ102は1957年(昭和32年)新潟鉄工製B−Bセンターキャブ、35tのディーゼル機関車です。貨物列車をもっぱら牽いていたと思われますが、まだ、貨物扱いが結構あったことを貨物ホームに山と積まれた荷物が 物語っております。
ケハ401 上水戸 1959−10−16
次の御前山発の列車が来ました。当時、赤塚〜御前山間の直通列車は朝夕、各4本運転され、日中は3本の上水戸〜御前山間列車がありました。流行の湘南電車スタイルの気動車ケハ401です。熊本の山鹿温泉鉄道の注文流れのディーゼルカーとのことです。同鉄道が水害で壊滅的な被害を受けたため 、 茨城交通に来たようです。1955年(昭和30年)新潟鉄工製で、トルコン付ですが総括制御は出来ません。
モハ1 上水戸 1959−10−16
上水戸駅本屋の前のホームにモハ1がおります。この電車の後ろの線路は水浜線上水戸電停につながっております。
水浜線
上水戸の水浜線の乗り場は駅本屋の左横にありました。線路はつながっており、水浜線の電車が茨城線大学前まで、直通しておりました。
123 上水戸 1959−10−16
123〜125は当時、水浜線で運行されていた最も古い電車で1929年(昭和4年)、梅鉢鉄工製の木造ボギー車です。床が高く、高いステップがついておりました。水浜線の電車は全て、ビューゲルになっていました。
127 上水戸 1959−10−16
126〜128は1942年(昭和17年)日立製の木造ボギー車です。戦時中の資材不足で、木造になったようですが、123に比べ、車体は丸みを帯びています。
上水戸構内で休む単車たち 上水戸 1959−10−16
営業運転は全てボギー車で行われておりましたが、単車4両が上水戸構内に留置されておりました。ビューゲルに交換されており、まだ、走れる状態だったようです。
136 1959−10−16
上水戸から水戸駅前に向かい、すこしの間は専用線でした。135・136は1957年(昭和32年)新潟鉄工製で前面2枚窓、都電7000形似でした。前面、金太郎塗り分けです。
133 1959−10−16
市街地に入ると併用軌道になりましたが、単線でした。133・134は1953年(昭和28年)新潟鉄工製。張り上げ屋根で、名古屋市電に一寸似ていました。
129 水戸駅前 1959−10−16
129・130は1951年(昭和26年)新潟鉄工製、水浜線初めての半鋼製ボギー車です。126〜129に比べ、窓が大きく、側面2段上昇になり、一般的な市電スタイルになりました。どこか?名古屋市電に似ているようです。バックの居酒屋の看板がすごいですね。
128 1961−5−1
昭和38に訪れた時も時間があまりありませんでした。これはどうやらボンネットバスの中から写したようです。バスの窓や街の様子に比べ、128は古色蒼然とした感じです。
123 水戸駅前 1961−5−1
水戸駅前で客を待つ最古参123で、街の雰囲気も古めかしくしているようです。
131 水戸駅前 1961−5−1
131・132は1953年(昭和28年)新潟鉄工製。129・130に比べ、張り上げ屋根になり、より軽快になりました。
以上、赤塚〜大学前〜上水戸〜水戸駅前の通り抜けでした。かっての茨城交通茨城線、水浜線をわずかにご覧頂きました。
1959年の鉄研旅行には畏友「むーさん」も同行され、撮影された画像は
に掲載されております。本ページ作成にあたり、参考にさせて頂きました。
謝意を表するとともにリンクさせて頂きます。
謝辞
1959年の旅に同行された友人TNさん、MTさんにはこの旅の行程などで、ご教示頂きました。
謝意を表したいと思います。
参考文献
鉄道ピクトリアル1964年7月臨時増刊 Vol.160 私鉄車両めぐり<第5分冊>茨城交通・水浜線
鉄道ピクトリアル1965年7月臨時増刊 Vol.173 私鉄車両めぐり<第6分冊>茨城交通鉄道線
(2011-4-2)
(2016-10-27)タイトル更新