1961年(昭和36年)の初め、学校を卒業して、会社に入ると鉄道訪問の旅にゆくこともままならないと思い、いろいろなところに出かけました。2月には名鉄を訪れました。20日三重交通のナロー線を訪れた後、名鉄新岐阜に着きました。先ずは駅の付近で、少し、撮りました。


名鉄岐阜市内線 モ1形 モ4  新岐阜駅前    1961-2-20

岐阜市内線には、まだ、前身の美濃電気軌道が開業当初製作した木造2軸単車(4輪車)モ1形が走っておりました。1911年(明治44年)、天野工場(後の日本車両東京支店)製のオープンデッキ車でしたが、後に不格好な外吊り扉を付けられています。岐阜市内線最古参ですが、1967年(昭和42年)の元金沢市内線ボギー車転入による木造単車全廃時まで活躍しました。


名鉄岐阜市内線 モ35形 モ32 新岐阜駅前    1961-2-20
 モ32は1920年(大正9年)名古屋電車製作所の2軸単車で、客用扉は初めから設置されておりました。


名鉄岐阜市内線 モ570形 モ574 新岐阜駅前    1961-2-20

モ570形は1950年(昭和25年)に岐阜市内線で初めての新製ボギー車でした。都電6000形のデッドコピーですが、ヘッドライトが額についているところが違っておりました。モ574は少し遅れて、1953年(昭和28年)日本車両製です。 


名鉄岐阜市内線 モ580形 モ581 新岐阜駅前    1961-2-20
モ580形もモ570形と同じ都電スタイルでしたが、3扉になっておりました。1955年(昭和30年)、日本車両製。


名鉄岐阜市内線 モ590形 モ592 新岐阜駅前    1961-2-20

モ590形は1957年(昭和32年)日本車両製。運転台の窓が大きく、側面窓がサッシになり、モ580形より軽快になりました。パンタグラフを備えており、後に、ギヤー比を変え、高速性を持たせ、美濃町線に運用されました。


名鉄各務ヶ原線 ク2091(+モ710) 新岐阜    1961-2-20


名鉄各務ヶ原線 (ク2091+)モ710 新岐阜    1961-2-20

 新岐阜駅の各務ヶ原線ホームにはすごい車が入っておりました。ク2090形ク2091は1940年(昭和15年)に鉄道省から木造客車の払下げを受け、電車(制御車)化をした1形式1両の珍車で、元は1902年(明治35年)新橋工場製ホニ5910だそうです。いかにも後付け感のある前面スタイルや古典客車らしい分厚い台枠、車体と釣り合わない小さな台車など、ファンを迷宮へと誘うものでした!モ700形は旧名古屋鉄道が1927年(昭和2年)に本線用に作られた半鋼製電車ですが、DC1500V化に伴い、支線に転属になりました。

 岐阜市内線、美濃町線の岐阜工場は当時新岐阜駅各務原線乗り場の傍にあり、各務原線とレールがつながっていました。(上の写真の手前に延びる線路) この岐阜工場は在所名から「長住町の工場」と呼んだりもしました。


モ592と岐阜工場入出庫線 新岐阜駅前    1961-2-20

 この写真のモ592の右に延びてゆく線路が岐阜工場入出庫線です。


名鉄美濃町線 モ540形 モ541(+モ742) 岐阜工場 1961-2-20


名鉄美濃町線 モ540形 (モ541+)モ742 岐阜工場 1961-2-20

モ540形は1949年(昭和24年)に三重交通神都線から来た木造ボギー車で1926年(大正15年)梅鉢鐡工所製。美濃町線でラッシュ時用で1960年(昭和35年)には同系列のモ541と固定編成を組むようになっています。3両来ましたがモ543は単行のままでした。側窓の上部にRがついており、いかにも神都線の電車と思わせるものがありました。


名鉄美濃町線 モ510形 モ514 岐阜工場 1961-2-20

モ510形は美濃電気軌道が1926年(大正15年)に製作した半鋼ボギー車車で、後の1967年(昭和42年)から、揖斐線の市内線直通急行用に抜擢されました。この姿からはこれから脚光を浴びることになるとは思えませんでした。

謝辞
 地元の「HNの西宮後」様から貴重なご教示をたくさん頂きましたので、作ることが出来ました。深謝いたします。

(2013-11-18)



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