三重交通北勢線は、今でも、三岐鉄道北勢線として運行している762mmゲージの鉄道で、桑名京橋、北桑名~阿下喜間21.2kmの結構長い路線でした。1961年(昭和36年)2月、三重線の新型連接電車4400形が主な目的でしたが、その前に、北勢線に立ち寄りました。

 桑名駅の最寄りの西桑名駅から乗りました。当時の始発はこの駅から700mぐらい東の桑名京橋でしたが、時間が無かったので、直ぐ阿下喜に向いました。西桑名~桑名京橋間は訪れた年の9月に廃止になってしまいましたので、惜しいことをしました。終点の阿下喜駅からはバスで三岐鉄道に向いましたので、まさに、通り抜けただけでした。この間に会った電車をちょっと、ご覧いただきましょう。


モ226                1961-2-19


モ225                 上笠田     1961-2-19

 モニ220形が付随客車を牽いて来ました。1931年(昭和6年)に前身の北勢鉄道が電化に際し作ったもので、三菱電機に発注しましたが、車体は日本車両製です。三重線モニ210より少し、製造年が新しいので、2段上昇窓になっております。


サ154                     上笠田    1961-2-19

 付随客車は戦後に製作されたものがほとんどで、車長が10mほどの二段上昇窓、半鋼製ボギー車でした。


電動車の付け替えを待つ付随車サ106+サ156                               阿下喜     1961-2-19


電動車モニ223が付随車サ106+サ156の京橋側に連結                     阿下喜     1961-2-19


電動車モニ223が付随車をホーム中央に押し込み発車を待つ桑名京橋行            阿下喜     1961-2-19


発車を待つ桑名京橋行列車(後端)と阿下喜駅            阿下喜     1961-2-19

 乗車の列車はモニ223+サ106+サ156の編成でした。終着阿下喜駅に到着するとモニ223は機廻り線を通り、付随客車サ156の京橋側に連結し、ホーム中央まで押し込み、発車を待ちます。軽便鉄道の列車のほとんどは総括制御でないので、電動車を先頭に付け替えねばなりません。三重交通も例外ではありませんでした。


発車を待つ桑名京橋行列車(後端)と阿下喜駅舎            阿下喜     1961-2-19

 駅前から三岐鉄道伊勢治田駅経由丹生川駅まで三重交通バスが出ていました。北勢線とお別れして、三岐鉄道を訪れました。1965年(昭和40年)に近鉄北勢線となり、現在は三岐鉄道北勢線となり走り続けています。

謝辞

  「HNの西宮後」様より、撮影場所の同定などのインフォメーションを頂きました。深謝致します。「HNの西宮後」様のホームページ、ブログを以下に紹介、リンクさせて頂きます。
   西宮後停留場:http://nishimiyaushiro.web.fc2.com/
   Blog:http://nishimiyaushiro.blog18.fc2.com/  

 参考文献

  鉄道ピクトリアル通巻212号号臨時増刊 私鉄車両めぐり第9分冊 近畿日本鉄道北勢線

(2014-2-21)




 

軽便鉄道シリーズ

 狭軌の国鉄より更に1フィート狭い2フィート6インチ(762mm)ゲージの軽便鉄道が全国各地にありました。ほとんどがバスとの競争に敗れ、昭和30年代から40年代はじめに姿を消しました。本ページ以外に下記の軽便鉄道の最後の姿をご覧頂けます。(下のアイコンをクリックして頂くとご覧頂けます。)

                                                  (610mmゲージ)

 


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