根府川橋梁(正確には白糸川橋梁というのでしょうか?)は古くから鉄道写真の撮影ポイントでありました。東海道本線の根府川駅の真鶴寄りの白糸川に架かるこの鉄橋は「複線上路ワーレントラス」構造というもののようですが、橋上を列車はトラスに邪魔されることもなく、相模湾から遠く三浦半島を望む絶景を背に走っていました。

 1963年(昭和38年)12月熱海での忘年会の帰りでしょうか? この橋で、すこし撮りました。

 

特急さくら2レ熱海駅通過                    1963-12-15

 

 熱海駅をEF58が20系客車を牽いた寝台特急「さくら」が、通過して行きました。

 

準急「東海3号」305Mレ、153系         根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 153系電車の準急「東海3号」名古屋行です。153系は国鉄最初のカルダンドライブの中長距離、急行用電車でした。

 

急行「第一宮島」2101Mレ、153系         根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 続いて、急行「第一宮島」広島行がやってきました。153系ですが、運転台の窓が高くなっており、後期形だと思います。前から4両目は電車急行の目玉のビュッフェカーです。

 

EF58牽引上り普通列車848レ         根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 EF58に牽かれた熱海発東京行848レが上って行きました。この当時はまだこのような普通客車列車も走っていました。EF58の次位 のダブルルーフの客車は、元々は皇族、首相級以上の貸切専用に2両製造された「スイロフ30」で後に2・3等合造緩急車(スロハフ31)に改造された車で、写真に写っている時期には更に並ロの廃止に伴ってスハフ32の仲間入りをしてスハフ34と称した頃のものと思います。

 

        特急「おおとり」2008Mレ、151系 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 名古屋発東京行、電車特急「おおとり」がやってきました。最後部はクロ151、一等展望車です。

 

        上り332Mレ、クモユニ74+153系 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

静岡発東京行普通電車332Mレと思います。153系がクモユニ74を伴っています。クモユニ74は 153系、111系などの高性能車と連結するため、クモハ73を改造したものですが、吊り掛け駆動と思います。

 

   EF15牽引下り貨物列車 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 当時、貨物列車用では最も多かったEF15牽引の貨物列車です。

 

   普通東京行334Mレ、153系 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 普通列車も153系で運転されていました。運転台窓の低い初期形です。大垣発東京行334Mレと思います。

 

   普通沼津行829Mレ、111系 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 3扉クロスシートの中距離電車111系も普通電車として運行されていました。この時期、既に113系も出現していましたので、113系かも知れません。大量に作られ、何処に行っても居ましたし、狭いボックスシートの居住性の悪さもあいまって、余り、好きな電車では、ありませんでしたが、153系に比べれば、塗分けの具合もありややスマートな感じもあります。

 

   EF10牽引下り貨物列車 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 EF10に牽引された下り貨物列車です。初期形のEF53に似たクラシックな車体でした。

EF58牽引急行「霧島」31レ         根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 鹿児島行急行「霧島」も健在でした。東京駅を11時ジャストに出発、鹿児島に翌日の13時33分に到着するこの列車には食堂車も連結されており、今、考えると、この列車に揺られて、ゆっくり、鹿児島(西鹿児島ではない)まで、行ってみたかったと思います。

   EF60牽引下り貨物列車 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

貨物列車の牽引機にも既にEF60が登場していました。

 

        特急「第1こだま」2Mレ、151系 根府川ー真鶴                    1963-12-15

 

 ビジネス特急として登場した151系電車特急も、つばめ、はと、富士、おおとりなどと共通の12両編成になり、つばめが登場したときの個室を持つ1等展望車も全ての電車特急が連結していました。

 

 新幹線が開通する10ヶ月前の東海道本線が最もはなやかであった時期の根府川橋梁の上でした。

今では、強風による列車の防護の為のフェンスが設けられ、列車も撮りにくくなって終いました。

 

 謝辞

  友人Sさんより、偶然写っていた、由緒のあるスハ32系の客車に付き、アドバイスを頂きました。国鉄に詳しくないはーさんには全く分りませんでしたが、お陰さまで、希少な車両を画像に残せたと認識いたしました。本当に有難うございました。

 

(2007-6-10)
(2016-11-2)タイトル、画像拡大更新


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