西鉄大牟田線(1964年)

 西鉄大牟田線は関西の私鉄を思わせる高速電鉄線でした。ゲージ1435mm、炭鉱の町大牟田までの75.1kmで、クロスシートを備えた特急が走っていました。

 昭和39年の九州鉄道旅行は二日市温泉で疲れを取り、二日目は先ず、大宰府支線で天神様にお参りしてから、西鉄二日市などで、撮りました。その時、お目にかかった電車を すこし、整理して、ご覧頂きましょう。

 西鉄のナンバーリングはやや分りにくいのですが、どうやら、車両の長さで形式を決めているようです。ナンバーの若い方から並べてみましたが、製造年度とは関係ないようです。

 

モ20形・モ100形

 

モ20形は木造車モ1形の鋼体化改造したもので、それを、更に、1958〜60年に全金属製車体にしたもののようです。後期のものは台車も新しいものに履き替え、カルダンドライブになったものもあったようです。車長15〜16mの小型車です。

 

モ20+モ20+ク50  西鉄二日市 1964−4−27

 

 これは、窓配置から見て、最後期に再更新されたものではないかと思われます。

 モ100形は1941年に製造された広窓、張り上げ屋根の戦前の最先端のスタイルで、2扉の扉間はクロスシートが設けられた長距離用電車です。なにか、名鉄3850に似ているような電車ですが、車長は15mと短く、訪れた時は、3両固定編成で、本線の普通に使われていました。

 

モ100+モ100+ク150  西鉄二日市 1964−4−27

 

モ200形

 

モ200は1937年に登場した正面半円形のキハ42500を思わせるスタイルで、車長13mの小型軽量高速電車です。大牟田線の前身、九州鉄道が、久留米から3駅目の津福から 以遠の延長に当り、新製したもので、高速性能を持ちながら、ローカル輸送に1−2両でも運転できるように考えた車です。1941年まで、製造され、総勢30両ありました。訪問時は多くはサ250を挟んだ 3両固定編成化され、本線の普通にも使われていました。

 

モ200+サ250+モ200 西鉄福岡行普通  西鉄二日市 1964−4−27

 増結用でしょうか?両運の1両のモ200もいました。

両運転台モ200  西鉄二日市 1964−4−27

 1両だけのモ200からは新製当時の面影が窺えます。

モ200+サ250+モ200+モ200 大宰府行  西鉄二日市 1964−4−27

 3両固定編成にこの1両を連結し、大宰府に向かいます。 車端が丸くなっていますので、連結部がくびれており、ソーセージのように見えます。

大宰府駅に入るモ200 大宰府 1964−4−27

 田んぼの中の大宰府駅に進入するモ200です。

モ300形

 

 モ300形は車長17−18mの大形車で、以下に大別できるようです。

  (1) 1939年、大牟田までの全通時新製した急行用ロマンスカー、車長18m

  (2) 戦後1948年6月製作の私鉄規格型、3扉17m通勤車。

  (3) 同じ、1948年10月に製作の3扉18m通勤車。

  (4) 1952年に作られた前面非貫通2窓、張上げ屋根、ノーシル・ノーヘッダーの

      18m普通車(313形)

 

 

モ300形福岡行普通  西鉄二日市 1964−4−27

 

 これは、上記の(2)もしくは(3)に当るモ300と思われます。

 

モ313形大牟田行普通  西鉄二日市 1964−4−27

 

モ500形

 

 1942年、急行用として作った2車体連接車で、戦後1948年に中間付随車を組み入れ3連接車となりました。鉄道線連接車としては本邦初めてのものかも知れません。戦争中にこのようなことを発想したのは台車の節約とのことです。丸屋根、前面傾斜した非貫通3窓のユニークな電車です。電動台車は車端の2つの台車( 電動機2x115kW)のようです。製作当初はクロスシートを 備えていたようですが、3連接化とともにロングシート化されました。車長は電動車15.57m、中間付随車はすこし短いようです。

 

モ500形連接車、福岡行急行  西鉄二日市 1964−4−27

 

 福岡行急行として走るモ500形です。訪問時は普通に用いられることが多かったようですが、急行として走る姿を見ることが出来たのは、幸運かも知れません。

 

モ600形

 

 1962年から作り始めた3扉(両開き)、車長19m、WN駆動の通勤型高性能車で、訪れた時はピカピカの新車でした。

この電車だけは一部未だ走っているようです。

 

モ600形4連  西鉄二日市 1964−4−27

 

モ1000形

 

  1957年から製作された平行カルダン駆動、前面2窓、2扉全金属製特急用クロスシート車です。登場したときはマルーンとアイボリーのツートンカラーで阪神特急車3011形と良く似ていましたが、訪問時はコバルトブルーに黄帯 となり、様子が大きく変りました。

 

モ1000形4連、福岡行特急  西鉄二日市 1964−4−27

 

 西鉄の看板列車ですが、この色の為か?ファンの人気いまひとつでした。

 西鉄福岡駅はドーム状の屋根で覆われた5番線まである堂々たるターミナル駅でした。阪急梅田、近鉄上六、南海なんばに次ぐ規模の私鉄ターミナル だったのではないかと思われます。

 

西鉄福岡駅ホーム    964−4−27   宮さん撮影&作成

 同行の友人、宮さんが撮影し、3枚繋いでパノラマ写真としたものです。西鉄電車の当時の顔ぶれが並んでいます。特に、左端の1番線には、旧モ600形を改造したク1300形の顔が見られます。旧モ600形は1951年に製作した関西急電モハ52に似た顔を持った3両固定編成の急行用電車でしたが、特急増発の為、中間電動車2両を新製、両端にク1300としてモ600、ク650を改造して、配し、4両固定の特急車としたものです。この時は残念ながら、撮れませんでした。

 短時間でしたが、当時の西鉄大牟田線の多くの電車にお目にかかることが出来ました。今も、通勤、都市間輸送に重要な役割を果たしている天神大牟田線ですが、訪ずれた42年前には戦前からの電車100形、200形、500形も活躍しており、変化に富んでおりました。

 作成に当たり、友人の宮さん、むーさんのいろいろお世話になりました。謝意を表したいと思います。

  参考文献

  鉄道ピクトリアル1969年7,8月号通巻226、227号 私鉄車両めぐり(79)西日本鉄道

 

 

(2006-12-22)


 


(トップページ)(別館)

          (本館)