上田丸子電鉄(1959年)

 

 現在では、上田電鉄として、上田〜別所温泉間のみになりましたが、かっては上田を中心に四方に路線が延びている上田丸子電鉄がありました。

 

上田丸子電鉄路線図 RM LIBRARY73上田丸子電鉄(上)より

 

 上田東〜大屋〜丸子町の丸子線、上田〜下之郷〜別所温泉の別所線、その支線の下之郷〜西丸子の西丸子線、上田〜真田、傍陽の真田傍陽線がありました。全て、ゲージ1067mm、単線、電化線でしたが、訪れた1959年(昭和34年)には この地方の交通の主役であったようです。

 大正末期から昭和初期の開業時に新製した電車と他社から譲り受けたり、ガソリンカーを改造したものなど、変化に富んでおり、鉄道ファンを惹き付けるものがありました。50年前の「上田丸子電鉄」をちょっと、ご覧頂きたいと思います。

 

丸子線

 

 製糸業が盛んであった丸子町と上田を結ぶ路線で、先ず 、丸子町から信越線大屋駅までが、丸子鉄道として、1918年(大正7年)に開業、1924年(大正13年)に電化しました。1925年(大正14年)大屋から上田の街の中心に近い上田東まで伸延しました。

 

モハ3351+モハ3352     丸子町    1959-3-14

 

 モハ3350形は上田東、伸延時に新製したものです。車長15m、3扉木造ボギー車で、窓の上に明り窓がアクセントを付けています。

 

モハ2322+モハ3331+モハ3332     丸子町    1959-3-14

 

モハ3330形は1924年(大正13年)電化時、新製したものです。車長12m、2扉木造ボギー車です。

 

モハ5261     丸子町    1959-3-14

 

 モハ5261は元伊那電気鉄道の車で、国鉄に買収され、富山港線で走っていたものを譲受したものです。木造3扉ボギー車でしたが、この年に東急3220形の車体に乗せ換え、鋼体化されました。

 

モハ4361     丸子町    1959-3-14

 

 モハ4360形は元東急3100形、訪れた時は譲り受けたばかりで、丸子町に留置されていましたが、その後、丸子線の主力として、活躍しました。

 

モハ3124  丸子町  1959-3-14                モハ2321  丸子町  1959-3-14

 

 モハ3124は元目蒲電鉄の木造車を鋼体化するため、元秋田鉄道のガソリンカーの車体を載せ換えたものです。

モハ2321、2322は近江鉄道から譲り受けた制御車を電車化したもので車長11m、2扉半鋼製ボギー車です。

 

 

別所線

 

 上田から別所温泉へは1921年(大正10年)に上田温泉電軌により、軌道線として開業しました。

 

モハ5251         1959-3-14

 

 1928年(昭和3年)に大型高床車を導入し、別所線の鉄道線への転換を始めました。モハ5250形がこの時、製作されたもので、車長15m、3扉半鋼製ボギー車でした。これが、丸窓電車として有名になりました。

 

モハ5363          上田原     1959-3-14

 

 モハ5363は元信濃鉄道(現大糸線)の大型3扉木造ボギー車で、国鉄買収後、譲り受けたものです。翌1960年に小田急1650形の車体に載せ換えて、鋼体化され、モハ5372になりました。

 

西丸子線

 

 上田温泉電軌が丸子鉄道に対抗し、上田駅と丸子町を直接結ぶ目的で、下之郷〜西丸子間を1926年(大正15年)に開通させたものですが、丸子鉄道には敵わず、ローカル線的な存在でした。

 

モハ3212          西丸子     1959-3-14

 

 モハ3210形は元目黒蒲田電鉄が1922年(大正11年)に開業した時のモハ1形です。 小型木造ボギー車で、こんな電車が現在の目黒、多摩川線に走っていたとは信じられません。

 

モハ3212運転台から見たモハ3122              1959-3-14

 

 モハ3122は元丸子鉄道は停電時に備えて作ったガソリンカーを電車化したものです。

 

モハ3121    上田原     1959-3-14

 

 モハ3121は元善光寺白馬電鉄のガソリンカー、ゼ100を電車化したものです。

 

真田傍陽線

 

 上田温泉電軌が上田から東北部の村から要請を受け、1928年(昭和3年)に架線電圧DC1500Vの鉄道線として開業したものです。

 

    真田傍陽線上田駅を左にみて発車するD51162     1959-3-14

 

 真田傍陽線は国鉄上田駅に沿って北東に小さなドーム状屋根を持った駅に発着しておりました。別所線発着ホームとは信越線を挟んで、離れておりました。

 

モハニ4251    上田     1959-3-14

 

モハニ4252    上田     1959-3-14

 

モハニ4250形は開業に備えて新造された車長15mの半鋼製ボギー車です。

 

モハ5361    上田     1959-3-14

 

モハ5361は元総武鉄道(現東武野田線)の車で、戦後、東武が新車割り当ての代償として、供出したものと思われます。

 

 1943年(昭和18年)に戦時統合の一つとして、上田電鉄(上田温泉電軌が改称)と丸子鉄道が合併し、上田丸子電鉄になりました。

 1961年(昭和36年)の集中豪雨による橋梁、トンネルの破損により、西丸子線は不通になり、そのまま廃止されました。

1969年(昭和44年)、丸子線廃止、1972年(昭和47年)真田傍陽線廃止と訪問から10年余りで、別所線を残し、姿を消してしまいました。1959年(昭和34年)は上田丸子電鉄の全ての路線で電車が走っていたほぼ最後の時期であったと思います。

 

 尚、上田丸子電鉄の電車の形式は地方私鉄としては複雑でした。

   1000の位:電車の出力、100の位:制御装置の種類、10の位;電車の長さ

を表しているとのことでですが、何となく、なじめないものでした。

 

参考文献

  RM LIBRARY 73 74 宮田道一、諸河久著 上田丸子電鉄(上)(下)

  鉄道ピクトリアル1963年9,10月号、通巻149,50号 私鉄車両めぐり[59]「上田丸子電鉄」

 

(2010-8-8)



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