京都市電が1978年(昭和53年)9月30日でその長い歴史に終止符を打つことになりました。当時は忙しく、電車を撮ることもままなりませんでしたが、昭和53年7月のころ、山陽地方への業務出張の帰りに、京都で途中下車をして、その最後の姿をカメラに納めました。
 古都に似合う優雅なその姿に惹きつけられるファンも多く、たくさんの画像、動画が残っておりますが、思い出に残る姿を留める画像はいくらあってもいいのでは?と思い、敢えて載せることに致しました。
東大路通~北大路通~西大路通~九条通~東大路通と京都の外周路線と京都駅前と東大路通の東山七条を結ぶ路線のみが残っておりました。電車は800形、900形をワンマン化改造した1800形、1900のみですので、いささか、変化に乏しいですが、京都の街かどの京都市電の風景をご覧頂きたいと思います。

京都駅前



 京都駅前電停には1線しかありません。6系統、東山線、京都駅前~東山七条~祇園~烏丸車庫、のみです。1800形1849が入って来ました。廃止前に乘って置こうという人もいるのか?結構電車を待つ人は多いようです。6系統の電車に乘り、全面窓から撮りながら、いくつかのポイントで、降りて撮ったようです。限られた時間で多くの電車を撮ろうといういつも使う行動パターンです。

七条通

 電車は七条通を行き、七条大橋で、鴨川を渡ります。


6系統京都駅前行1800形1819

国立京都博物館と三十三間堂の間を通り、「博物館、三十三間堂」の電停です。


6系統京都駅前行1900形

 次は東山七条電停です。6系統、京都駅前行1900形です。

東山七条


6系統京都駅前行1900形

6系統京都駅前行1800形1804

22(甲)系統九条車庫行1900形

東山七条で七条通が東大路通に突き当り、T字路になっております。真言宗智山派総本山、智積院の総門の前です。6系統京都駅前行はここで右折して七条通に入り、22(甲)系統は直進して九条車庫に参ります。この時期の22系統は(甲)烏丸車庫~たかの~祇園~東山七条~九条車庫、(乙)烏丸車庫~金閣寺前~西大路七条~九条車庫で、外周路線を一周しておりました。

馬町


6系統京都駅前行1800形1849

 東山七条から東大路通を北に進み、次は馬町です。馬町電停付近を東山七条に向う6系統です。

東山五条


6系統京都駅前行1800形1837

 東海道とクロスする東山五条の6系統です。電車の後ろに車がつながっています。外周道路は軌道敷内、車乗り入れ禁止になっていたようですが、守られていなかったようです。

祇園


22(甲)系統九条車庫行1800形、1847

 祇園の八坂神社前を行く22系統、九条車庫行です。京都駅前から、多くの観光ポイントを結ぶ6系統の方が客が多かったようですが、この22系統の電車は満杯の乗客を乗せているようでした。

東山三条

東山三条で京阪京津線と平面クロスしました。80形の普通、三条京阪行と260形の急行、浜大津行が同時にダイアモンド・クロッシングを渡って行きます。

東山二条


6系統京都駅前行1900形1930

 東山二条、岡崎公園前に来ました。

熊野神社前


22(甲)系統九条車庫行1800形、1817

 熊野神社電停付近を南に向う22(甲)系統九条車庫行です。
ここから少し上がった左手に京大病院があります。当時の車掌さんは「熊野神社大学病院前」と言っておりました。

叡電前(元田中)

百万遍の交差点を過ぎ、2つ目が叡電前です。京福電鉄叡山本線(叡電)と平面交差します。6系統、京都駅前行市電が叡電前電停で待つ前を叡電の出町柳行、デナ121形125が平面交差、ダイアモンド・クロッシングを渡って行きました。


6系統京都駅前行1800形1806

 叡電の電車が渡り終え、信号が変わると6系統の市電がダイアモンド・クロッシングを渡り、京都駅に向います。

叡電の元阪神831形のデナ500形、デナ503が元田中駅を発車し、ダイアモンド・クロッシングに入って来ました。背後に元田中駅のホームが見えます。次は終点、出町柳です。


22(甲)系統九条車庫行1800形、1867


22(甲)系統烏丸車庫行1800形、1853

22系統の電車もダイアモンド・クロッシングを渡ります。
 

高野橋


6系統京都駅前行1900形、1920

間もなく、北大路通に入り、鴨川の支流、高野川を渡る高野橋です。東に向う、6系統、京都駅前行です。

北大路橋

 北大路通が鴨川の上流、賀茂川に架かる北大路橋を渡ります。バックに府立植物園の森が見えます。

烏丸車庫前


6系統京都駅前行1800形、1817

烏丸車庫前です。6系統と22(甲)系統の終点です。22(乙)系統に乗り換え、金閣寺前、西大路通方面に向いました。左側に車庫に進入する引き込み線路が写ってます。
京都市電は他に壬生車庫,九条車庫がありましが,間接制御車はこの烏丸車庫に集められていました.常用電制の車両で韋駄天走りで優秀な車両ばかりでした.しかし、保守整備が大変なようでワンマン化されたのは直接制御車のみでした.

 金閣寺前


22(乙)系統、烏丸車庫行1900形、1918      金閣寺前

22(乙)系統、九条車庫行1800形、1820      金閣寺前

 1800形は車長12mの中型車800形のワンマン化改造されたもので、70両ありました。1900形は900形のワンマン化改造されたもので、窓1つ長く、前面の中央の窓が大きくなっており、京都市電スタイルの完成形とも言われておりました。しかし、16両しかなく、1800形が多く走っておりました。1900形はほぼ全数、広島電鉄に譲渡され、現役で走っております。

円町


22(乙)系統、烏丸車庫行1800形、1867

金閣寺前から西大路通に入り、白梅町を過ぎ、円町で山陰本線のガードをくぐります。

西大路松原


22(乙)系統、烏丸車庫行1800形、1853

 西大路松原電停付近の西大路通を北に向う22(乙)系統、烏丸車庫行です。

西大路七条


22(乙)系統、九条車庫行1800形、1820 

 このときの京都市電にお別れをする乘り、撮り歩きもここが終点であったようです。ここから、京都駅に急ぎ、余り好きではなかった新幹線の客になり、業務出張の旅に戻りました。この日は多分、日曜だったと思いますが、出張を利用して、趣味の活動をするのは気がひけ、あまりやりませんでした。最後の京都市電に会いたいという思いが強く、決行したようです。40年近くも経てばもう時効ですね。

参考ウェッブサイト   

  ヴィキペデイア フリー百科事典 「京都市電」
  京都市電営業路線図 http://www.geocities.jp/t_t_otoohan/siden1.html  
  京都市電のページ-「白梅町」と「円町」~22系統の変遷 http://kyoto.trolley.net/hakubai.html
謝辞
  京都の高木 修雄様から撮影場所の同定とたくさんのご教示を頂きました。おかげ様で、このページが意義あるものになったと思います。厚く御礼申し上げます。
  畏友、むーさんから、京阪京津線に対するアドバイスを頂きました。有難うございます。  

(2015-8-8)


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